石の家にて

こんなこともあるものかと、珍しい物を見てハミは足を止めた。

オールド・シャーレアンへの出発を前に、暁の面々は忙しく各地を飛び回っている。シャーレアン本国の情報収集に各国との連携、世界中に現れた謎の塔の解明にと、人手は少ないが故にやることは尽きない。しかし実働部隊であるハミにとっては、戦闘が無ければ出来ることは少なかった。

「冒険者さんには、普段通りの生活を送っていて欲しいでっす!」

自身も慌ただしく働きながら、しかしこれからの日々を思えばこそ、タタルは明るくハミに告げた。それに甘える形で、ハミはこれまで通りモンスターを倒しては小遣い稼ぎをし、モーグリのドラヴァニア復興を手伝ったり、ハウスの空き物件を下見がてら温泉に浸かりに行ったりと日常を満喫していた。

ウルダハにいるハミの元に、タタルから連絡が入ったのは数日前のこと。商材の受け取りを頼まれ、瓶に入った謎の錬金薬を携えて、ハミはチョコボキャリッジに乗り込んだ。

ひさしぶりに訪れた石の家は、ランプのオイルと、大量の資材木箱の香りでハミを迎えた。いつもは誰かしら数人が待機や報告でいるのだが、今日は珍しく人気がない。

カウンターではフ・ラミンがのんびりと掃除をしていて、ハミと目が合うとにこりと微笑んだ。その優しい笑みに吸い寄せられるようにハミは近寄る。

「今日は人がいないね」

「皆各地に出払っていて少し寂しいわね。それは――タタルさんの頼まれものよね。おつかれさま」

ハミが荷物をカウンターに置くと、フ・ラミンは中身を一瞥して手持ちの書類と見比べて何かを書き込んでいった。

「タタルさんは今ちょっと出てるけど、時間があるなら待っていく?」

「そうする」

ハミが頷くと、フ・ラミンは穏やかに微笑んでカップにコーヒーを注いだ。つま先立ちでそれを受け取り、どこで飲もうかとハミはロビーをうろつく。

暁の間にも誰もおらず、石の家は本当にがらんとしていた。人気のない石造りの部屋は、かつて砂の家で見たあの静けさに似ている。

ハミは逃げるように扉を閉め、エントランスへ戻った。

「お」

誰もいないと思った一角に、一つ影が見える。部屋の最奥に隠れるように設置されたテーブル。備え付けられた簡素な椅子の一つに腰掛けて、腕を組んで俯く男が一人。

「サンクレッドじゃん」

ゆっくりと近づくが、彼が気付く気配はない。見れば衣服は薄汚れていて、力が抜けたように項垂れている。死んでいるのではとハミが下から覗き込めば、当然そんなことはなく、彼は目をつむり眉間に皺を寄せて眠っているのだった。

「珍し……サンクレッドも眠るんだね」

彼とて人の子のはずだが、疑いたくなるほどに、サンクレッドは人前で眠る姿を見せなかった。いつぞやプラエトリウムで回収した時と、第一世界に行っていた時くらいだろうか。そんな異常事態を除けば、仲間が疲れて眠り落ちるような時でも、一人神経を張り辺りを警戒していたし、宴であっても人前で無防備な姿を見せることはハミの記憶になかった。

そんな彼が一体どうしたことか。野生動物が懐くのにも似た感動を覚え、ハミは隣の椅子に腰掛けた。

彼女の気配に気づいて目覚める様子が無いところをみると、本当に疲れて眠っているようだった。服は埃っぽく、顔や手に擦り傷が見える。ウリエンジェと共に向かったというガレマルドの潜入調査から帰還したのだろうか。彼は重い影を引き連れてきたように、何かを背負っているように俯いている。

「寝るならちゃんとベッドで寝たら?」

コーヒーをすすり、少し大きめのひとり言。足をぶらぶらと動かして反応を待つが、彼はやはり動かない。寝たふりかと思うほどに、深い眠りに落ちているようだ。

盗み見るように、こっそりと前髪の影が落ちる顔を見る。

「思ったより顔若いな」

ララフェルの顔立ちは男女で大して性差はなく、年齢による変化も他種族に比べれば表に出てこない。ヒューランという種族はエオルゼアにいればどこにでも溢れていたが、彼女から見れば驚くほど顔立ちが多様だった。

そもそも住民の大半がミコッテという田舎の村から出てきたのだ。尾のない、足の長い人々が大量に闊歩する姿は面白く、感情が読み取れる手段が少ないので、よく顔を見なくてはならないのが今でも少し不便だった。

「こんな顔してたんだなあ」

よくよく見れば初めて見る他人の顔のように、知らないものに見えてくる。

ハミにしてみればサンクレッドは付き合いこそ長いものの、真意がなかなか見えない相手ではあった。当初こそナンパな言動が見え隠れしたが、ミンフィリアの一件以降張り詰めたような表情を見せることも少くなかった。リーンの成長を見るにつれ、少しずつほぐれていく彼の表情は、ハミにとって初めて見るものばかりだった。仲間が報われる姿は、彼女にとっても大きな喜びだった。

気のいいやつだと思う。もっと好き勝手に生きればいいのに。きっと彼は自分で思うより情に厚く、器用ではない。そんなことは暁の皆が十分に承知していることだ。

最初に抱いた印象よりもずいぶん可愛げがあるということが、付き合いの中で最近ハミが気付いたことだ。

「睫毛こんな風になってるんだ」

体を屈めなくても、彼女からは俯いたサンクレッドの顔がよく見える。プラチナがかった髪と同じ色の睫毛は細く、短い。ヒューランにしては鼻がすっと通っており、目元もはっきりしている。

薄く開いた唇からは美しい白い歯が覗き、エチケットに細やかに気を配る愛の伝道師とやらの片鱗を感じる。少年というほど幼くはないのだが、娘だ何だと語るには若い。

日頃の警戒心を取り払えばこんなにも無防備なのかと、ハミはコーヒーを飲みながらしげしげとその顔を見つめていた。

あと少し近づくか、彼の衣服や体に少しでも触れればきっとすぐに飛び起きてしまうだろう。

その明るい色の髪がランプに透けて銀色に輝くのが綺麗で、ハミよりも少し長いその埃っぽい髪がどんな手触りなのか、はたまた頭蓋骨はどんな形をしているのか、興味をそそられた。

その衝動をぐっと我慢し、コーヒーを飲み干す。

「喉乾燥しちゃうよ」

唇が僅かに乾燥している。彼女も口を開いたまま寝てしまうので、よく分かる。咳き込んで起きなければ良いのだけど。

扉が開く音がして、ぼてぼてと足音が響いてきた。そして遠くに聞こえる陽向のような明るい声。タタルだ。

ハミは音をたてないように椅子から降りると、空のカップを慎重に手に取った。

折角気持ちよさそうに眠っているのに、起こしてしまっては悪い。しかし、ここで席を立ったら次に会えるのはまだいつになるだろうか。

少し考え、自身のコートのポケットに手を突っ込んだ。軽く探って取り出せば、その手にあったのは鮮やかな包み紙にくるまれた飴玉たち。中にはいつから入っていたのか分からない物もあったが、ハミは気づかないふりをした。別に死にはしないだろう。

「あげる」

小さい声で、眠りこける彼の目の前、テーブルに飴玉を4つ。おまけにモーグリのくれたふわふわの綿毛の種の一つを添える。

ハミが満足気に席をあとにしようとすると、サンクレッドが僅かに身動ぎした。

寝ている赤子を起こしてしまったかのような緊張感にハミは一瞬足を止めたが、すぐに彼が動かなくなったのを見てほっと胸を撫で下ろした。

 

ハミに気付いたタタルが大きく手を振る。ハミは静かに手を振り返し、跳ねるように駆け寄った。

 

20220608 疲れのあまり突っ伏してねこける彼というのもいたのかな、と。