ある休日

さて、今日は何をしようか。宿屋のベッドに腰掛けしばらく考える。
数週間の旅を終え戻ってきたウルダハは相変わらず活気に満ちていて、大通りは朝から人がせわしなく行き来している。備蓄のチェックに手紙の整理、洗濯と一通りこなすだけでもうベッドに寝転んで動きたくない。

溜まった洗濯物を片付けるのは、毎度のことながらうんざりする作業だった。業者やリテイナーに頼むのも手だが、普段は粛々と仕事をこなすルガディン族のリテイナーが申し訳無さそうに「下着はご自身で洗ってください」と頭を下げてきてからは、一通りの洗濯を自分でしている。
自分の背丈より遥かに高い位置にある洗濯ロープに衣類を干すのには難儀するが、定宿ともなればチェックインの段階で脚立が部屋に置かれているのだからありがたい。

「まずは買い出しかな」

ハミは伸びをしてベッドから飛び降りる。

たまの休みだ。叶うなら昼から飲みたいところだが、いつでも旅立てるようにしておきたい。身軽に動けるように準備だけは整えておかなくては。

「いくよ」

空っぽのリュックを背負いハミが部屋の扉を開くと、その後をミニオンのカバが床を軋ませながらついて行った。

寂しくしぼんでいたリュックがみっちりと膨らむまでに、そう時間はかからなかった。切らしていた香辛料に加工肉、薬に菓子、新しい肌着に地図、新聞。旅に持っていく酒に、土産に持っていく酒、今晩飲む酒。

厩舎に預けたチョコボに野菜を持っていてやり、馴染みの靴屋へブーツを修理に出す。簡素なサンダルを借りれば、薄っぺらい革が歩く度にぺたぺたと鳴いた。
目当ての店を一通り周り終えると、マーケットは鮮やかな夕焼け色に染まっていた。香ばしい肉の焼ける匂いに、酒を飲み交わす明るい声。どこかでコインの落ちる音がしたと思えば、通りから子供が転がり出てくる。

宿を出たときは元気だったミニオンも疲れた様子で歩みが遅い。ハミも一日街を歩き回って疲れが出ていた。

数年前には右も左も分からなかった都会の街が、今ではすっかり落ち着く居場所になっている。雨が降ると世闇を反射する石畳も、木漏れ日のように落ちてくる吹き抜けの日差しも、頭上にはためく洗濯物も、時折すれ違うたくらみを抱えた人々も。旅先で思い出す大切な景色の一つになっている。

暁の面々はどうしているだろうかと、ぼんやり思う。ゆっくりしている姿はあまり想像がつかない。研究に没頭して寝食を忘れたり、人知れず遠い地で情勢を探ったり、人々の橋渡しをしたり、お人好しで厄介ごとに巻き込まれたりしているに違いない。どこにいるのか知らないが、美味しい夕飯にありつけていれば良いな、と黄昏に目を細める。

「ごはんにしよっか」

行く先はもちろんクイックサンドだ。ねぎらうようにカバを抱きかかえたが、あまりの重さにすぐに断念した。

ちょうどその瞬間、チワワンを連れた可憐なアウラの女性とすれ違う。セクシーなドレスから覗くすらっとした足に、黒髪から覗く象牙色の美しい角。美しい毛並みの子犬。自分たちとのあまりの対比に、ハミはミニオンとしばし見つめ合った。

ハミの小さな手のひらはララフェルなりに筋肉質だが、アジムステップで食べた饅頭と甲乙つけがたい柔らかさだ。その手をぎゅっと握る。

「我らには我らの良さがあります」

たぶん。小さく付け加える。憧れがないと言えば嘘になるが、誇らしげに街を行く多種多様な冒険者の顔を見れば、些末なことだと思えた。先程の麗しいアウラだって、その背には身の丈ほどの無骨な大剣を背負っていて勇ましい。

短い手足を懸命に動かす小さなカバを鼓舞し、ハミは酒場へと足を早めた。

歩き回った後の酒のなんと美味いことか。クイックサンドには案の定冒険者が次から次へと集まってきた。途中から知らない人間も大量に混ざっていたが、誰もそんなことは気にしない。必ずしもベッドが約束されない旅先ではこうはいかない。ハミは腹が樽のようになるまでしこたま飲んだ。

久々に顔を見る友たちも、それぞれの日々を誇らしげに語る。新しく部屋を借りたから遊びに来いだの、久しぶりに行ったダンジョンが信じられないほど綺麗になっていただの、チェストの着ぐるみが汚される怪事件が発生しているだのと話題にことかかない。

エールに蒸留酒、どこから誰が持ち込んだのか分からないドマの酒に、何が入っているのか分からないが妙に美味いグリダニアの酒。酒場中の客を巻き込んでの宴会に発展し、それはそれは賑やかな夜だった。

「うう……寝る……」

何次会かに及んだ大宴会、最後の会場はハミの自室だった。かろうじてうめき声を漏らすと、まどろみの中で誰かがベッドへと移動させてくれる気配。ぬいぐるみよろしく転がされ、その後も遠くで支離滅裂な会話が続いている。ベッドにはすでに酔いつぶれた仲間が寝ていたが、隙間でも十分眠れるのだからララフェルで良かったと微睡みながら思う。

冒険者仲間の彼らも、明日になればそれぞれの旅路だ。そういえば洗濯物が干したままではなかったか。見上げようにも瞼が重くて叶わない。

目が覚めたら、皆の姿はないかもしれない。片づけくらいはしていってくれるといいのだけど。次の行き先はどこだっただろうか。朦朧と呟き、彼女の休日は幕を下ろした。

 

20220506 個人宅を持つ前のはみちゃん。ウルダハできっとこうやってよく過ごしたと思う。